カルマの最終解放 2001年6月8日 聖ジャーメインのチャネリング
〜アモラ・クァン・インを通じて
アモラはドルフィンスターテンプル・ミステリースクールの創設者です。この神秘の学び舎(や)は、古代エジプトのミステリースクールの現代版であるとも言えます。著作としては、『ブレアデス・ワークブック;聖なるカーの目覚め』 『ブレアデスのタントラ・ワークブック;聖なるバーの目覚め』『人類の進化に関するブレアデスからの展望』があります。
最愛なる読者と友人たち
このメッセージはあまりにタイムリーなのですが、私はいつもレッスンを教えるのに忙しくて、チャネリングの言葉を分かりやすい文章の形にを編集する時間がありません。だから、どうぞこの未完成のスタイルを我慢して、ただこのメッセージを吸収してください。6月21日の午前11時から午後1時まで、私の家でスピリチュアルな集いとセレモニーを行います。希望する誰もが参加できて料金はありません。お近くにお住いでなければ、その時に私たちとただつながってください。あなた自身の瞑想や祈り、惑星の癒し、もしくは、するように導かれていると感じられることなら何でも行ってください。複数のグループがつながって、特に太陽を通してセレモニーや祈り等を送るなら、エネルギーはその直接の足し算より何倍も加算されます。全体はその部分の合計より大きいのです。ですから、素晴らしい夏至と、恵み深い未来を迎えましょう。
愛と祝福にて
アモラ・クアン・イン聖(セント)ジャーメインはチャネリングの準備ができています。でも、彼はまず、2001年5月11日に始まったこのカルマの周期に関連して私個人に紐解かれた一連の出来事の背景を、とても簡単ながら皆さんに知ってほしいようです。何よりも、アフリカ南部のニビアから来たふたつの水晶がテーブル上にのっています。私は80年代半ばから水晶について教える仕事をしてきましたが、このふたつの水晶がもたらしたような体験をしたことは、かつて一度もありません。だから、もし休憩時間中にこのふたつのうちのひとつを手にして、これに波動を合わせなければいけないように感じたなら、どうぞそうしてください。クラスを行っている間はけしてそうしないでください。水晶に波動を合わせるには、すべての注意を向けないといけませんから。それは驚くべき体験です。
このふたつの水晶は、ウエサク期間中に何人かの友人たちによってニビアからもたらされました。私がこれらを手にしたときに起きたまさに最初のことは、「地底の巨人種族」としての私自身のイメージに気づいたということでした。私たちは、ニビア地底にある地下都市型の街へ、今や滅びつつある人間たちを連れてゆく途中でした。その地下都市にはまるでレイ・ライン(大地の龍脈)のような通路が走り、それは南アフリカを通ってケープタウン地域にまで続いていました。私たちは何をしていたかというと、現在南アフリカと呼ばれる地域の北部とニビアで、当時、地球の大きな変化の中で滅びつつある地上の人間たちを助けていたのでした。当時はすべてが揺さぶられて移ろいつつあり、とてつもないポールシフトの発生とともに、私たちは氷河時代へ移行する準備をしていました。しかし、北極と南極は、同時にこの惑星の多次元ポータルでもあります。両極地から地底文明へと入れますし、そしてそれは、高次元の文明へと出入りするアクセスの要(かなめ)です。それは地球の内部世界に入るためのポータルでした。その世界には生命停止状態に置かれた存在たちが眠っていました。彼らはレムリア時代のいつか、再び甦ることになっていました。
私たちは数百万の人々について語っています。彼らの大部分はもともと、あたかも光の存在にレープされた闇の存在の妊娠のように感じられる妊娠から生まれた存在たちです。これが起きたのは、ある次元のレベルでした。そして、ある種の奴隷種族の創造と、そしてこれら闇の存在たちを地球へ定着させる手段を創生する意図の下に、多くの多くの魂の創造が行われました。でも実際には、母親の側ではもっと純粋なエネルギーでした。これらの存在たちの誕生は、ある種、かつて存在したことのない魂を生じさせました。私はクラスで、このことについて時々話してきたと思います。さて、この巨人種族はかつて地球に存在しましたし、以上のような魂の存在たちのひとつに働きかけてもきました...彼らは物質的な存在を出入りしましたし、そして実際、時には完全に物質的存在とは言えない状態にありましたが、でも、彼らは完全な他次元の存在ではありませんでした。彼らは物質界と高次元の中間のような存在でした。彼らはこの人類を保護し、その進化を助けようとする仕事を引き受けました。そもそもこれらの魂が生まれた交配タイプから生じた遺伝的攪乱(かくらん)をいくらかでも是正しようと、彼らはたくさんの遺伝子実験を行いました。彼らは一線を越えてしまいました。この存在たちを保護し、かつ彼らが正しいと思う方向へこの魂たちを助ける必要性において、彼らの意図は慈悲深いものでしたが、彼らはあまりに干渉しすぎました。その後、これらの存在たちは、彼ら巨人種族を恐れるようになりました。彼らは闇の存在だと思い、誰を信頼していいのかわからないようでした。
彼らが生命停止状態に置かれた時、巨人種族の存在たちは、自分たちが越えてはならない一線を越えたことを知りました。たくさんのことが解決されなければならないことを知っていました。これらの存在たちは繭(まゆ)に包まれ、そしてほとんど二十万年の間、地表下で深い睡眠状態に置かれることになりました。彼らの中にはそこで部分的に目覚め、何らかのドリーム・ヒーリングその他の下稽古にされました。これらのニビアから到着した水晶は、氷河時代を通じて、生命停止期間の聖なる計画とともに埋められたのですが、主としてその計画は、彼らが地表で目覚めたときにこれらの存在たちに何が起こるかということで、この聖なる計画はちょうど今、実際に明るみに出される局面に達しています。だから、これらの水晶が今まさに初めて発見され、南アフリカで採掘されているのは驚くべきことです。トニーが帰ったとき、別の興味深い話が電子メールで私に伝えられてきました。私が手にした時はとてもたくさんの情報を含んでいたこれらのユニークなポータル・クリスタルが、今はまったく見つからないというのです。だから、これらのシード・クリスタルの鉱脈瘤があったようなのですが、今はそれがもはや同じ種類には見えないようなのです。
ここでちょっとお話を変えますね。アンデスには、今も巨人種族のマスターたちが幾人か存在します。彼らはジャングル奥深くにひそんでいます。これまでに「アンデスの秘密」を読んだことがあるなら、その中に私の嗜好では正説と思われるものはわずかですが、それでも、そこには本当に重要な歴史の断片が存在します。何百万年も前のことです。この巨人種族と、そして、いわゆる時空間の制限からの90度シフト・プロセスを成し遂げ、自分たちが取り組んでいたパターンを超越した存在たちの話です。でも、その存在たちの中には、今もこの星で奉仕にあたっている者もいますし、私たちの中にさえ当時その一部だった人もいます。だから、今のこの時、シャスタ山と南アフリカ、そしてアンデスのこのつながりを巡って、今地球の大気へ解放されているカルマ・パターンに関係してたくさんのことが起きています。
それが私個人にはどのように起きたかと言えば、5月11日、私は南アフリカから来たトニーと、瞑想のために山に登りました。リラックスするなり、私は身体から抜け出して、ある内部世界の神殿へ引き込まれました。シャスタ山の光の都市では一度も行ったことのない神殿で、それはアンデスの神殿でした。このアンデスの神殿で、私はその存在たちに挨拶しながら、行列の道を通りぬけるようガイドされました。この神殿内部のはるか先の行き止まりには、アーチ形の通路が開いていました。その長い傾斜路を下ってゆくと、別の神殿に入りました。それは、霊廟(びょう)寺院と呼びれる地下通路でした。まあ、私はそれまで、そのようなものについては何も聞いたことがありませんでした。さて、この霊廟寺院はどんな感じかと言えば、楕円形の卵形の空間で、壁一面には三十三の霊廟がありました。この巨人種族の一部だったマスターなる存在たち一人ひとりに捧げられたものです。さあ、そこで中へ歩み入るなり、私はクアン・インの霊廟へとまっすぐに導かれました。私がクアン・インだからではなく、私はその一様相だからですし、また、私がこの活性化に参加した場所はそこだったし、さらにまた、私がこの地下の存在たちを二十万年以上前に動かしていたからです。だから、私には、この儀式で果たすべき特別な役割がありました。そして、存在たちがすべてその個々の霊廟にあるときに起きたことは、コミュニケーションもなく、誰もその儀式をリードせず、それはむしろ、ある種のグループ・テレパシー意識のようでした。そこではすべてが理解されましたが、それは言葉によるものではありませんでした。起きたことは、私たちはその部屋の中心に一緒にあるイメージを浮かべ、私たちの各自はエネルギーを与えてくれる手印(ムドラー)を結ぶプロセスに入りました。そして、私たちがするべきことは、5月11日から6月21日にかけての地球に、私たちの最高の質のフォーカスを集中させることでした。この時期、地球の意識と大気へ「最後のカルマ・パターン」の解放が起こることになっているからです。この「最後のパターン」とは、この星に存在するすべてのカルマが、6月21日までにはついに潜在意識へ解放されて、人々の顕在意識に挿入されることを意味します。そう、6月21日とは、少なくとも意識のつながりが活性化され、そして、人々がそれぞれの方法で記憶を回復する時点なのです。
概してこのカルマがどのようなものかと言えば、それはハイラーキーに対する不信です。何を信じるべきか知らず、それ以上に推測されることはたくさんたくさんありますが、でも、これが最も肝心な点です。だから、私たちは活性化を行ったのです。私たちがしていたすべては、基本的に、生命停止状態で地下に隠されていたこれらのカルマ・パターンを引き抜くことでした。私たちはこれらを生命停止状態から外に引き出して、それが人々のフィールドを動きまわり、とても長い間私たちの中に休眠していたものを活性化できるようにしました。さて、その時にテレパシーでわかった別のことがあります。(2001年)6月21日の夏至から2004年3月の春分までの期間に、この問題が地上で演じきられるということです。私に聞こえたもののひとつ、それは特定のフレーズでしたが、2004年3月の春分時点で戦争が行われ、グリッドの麻痺がしかるべく発生するだろうということで、それが語られたすべてでした。私はそれ以上のことを理解していました。私が理解したのは、それがポールシフトその他すべてを含む地球のアセンションへの最終カウントダウンのようなものだということでした。私たちは人生の中で、時折この種の問題に取り組まなければなりません。その時点で、たとえ人々がどこにいようとも・・・それは次なる現実への調整ですから。その現実がどんなものになろうともです。私たちはアセンションを経験することになるでしょうか。あるいは、ただ地球の完全な崩壊に行きつくだけなのでしょうか。私たちが個々に整合するものは何でも、その時までにほとんどロックされるでしょう。だから、2004年3月の春分は、まさに鍵となる重要なターニング・ポイントです。今回(2001年)の夏至の時には、新月との皆既日食もあります。新月は種蒔(ま)きの時です。月の光がない状態で、人は潜在意識の中に、満月までに完璧な誕生を望むものを植えつけます。この意味で、2004年3月の春分までに最も完全な結実を望むものを、今年(2001年)の6月21日、私たちは私たちの心理と地球へ植え込みます。それには延々といくつかの段階があるでしょう。癒しと光の投錨(アンカー)に目覚めることを選択した人々である私たちの仕事は、地球の住民がこのカルマ・パターンをくぐり抜けている間、光との接続の安定と純粋さを保つことです。もっとも、私たち自身のためにそうしなければならないこともあります。ありがたいことに、私たちの中で十分な数の人たちが、この件をその見た目と同一視しない術(すべ)を学び始めました。だから、この問題が持ちあがっても、私たちは光を降ろし続けることができます。今朝のチェックインの時みたいにです。そこに問題はありますが、でも、皆さんはそれに現実をコントロールさせはしません。たとえそれが、今は多少とも皆さんの日常世界をコントロールしているとしてもです。
以上が今日のバックグラウンドです。さあ、私たちは今、この件に関する聖(セント)ジャーメインのチャネリングに入ることができます・・・
愛する人たち。ワンネスの精神において、私たちはここにいます。自由の精神において、私たちはここにいます。ワンネスと自由の精神において、すべてが知られます。すべては未知ですが、でも、すべては可能です。私には謎をかけて話す傾向はありません。でも、とてもユニークな周期が、この時期の地球上で展開しています。三十万年以上のこの周期のために、これまで種子が植えてこられました。ある意味では、これは百万年以上の周期と見ることもできます。この周期に突然変異体(ミュータント)種族と呼ばれてきた種族がついに自由を得て、自らの運命を決定するでしょう。でも、それでもまだ、皆さんが闇の領域として知覚する特定の存在たちと、光の領域として知覚する特定の存在たちとの間に闘争が存在します。これらの存在たちは、今なお、彼らのこの運命をコントロールしたいと望むでしょう。でも、私たちの仕事は、存在するすべての生命(いのち)に慈恵が及ぶかぎり、自由の法を行使することにあります。あらゆる種が、それ自身の進化のプロセスにおける運命を決定する権利を持っているはずです。だから、ある意味で、皆さんの中で『新スタートレック』を見た人は、これを『第一の指令』として理解するかもしれません。私たちは種の進化に干渉するつもりはありませんが、それでもなお、さらなる干渉を防ぐのが仕事です。さらなる干渉とは、ある意味では干渉として認識されるかもしれませんが、過去に時折勘案されたより、もっと進んだ自由を可能にするための干渉なのです。
皆さんはごく普通に、この時期の私を聖(セント)ジャーメインと呼びますが、三十二万五千年以上前の地球の、この特別な時空間に、テーブル上のこれらの水晶が聖なる計画とともに埋められた当時、私も巨人種族のひとりとして、この星、地球上に存在しました。私は、皆さんがヘルメスと呼ぶ巨人種族の系譜をひいています。ええ、とても特別な目的をもって、私がこの時期に明らかにすることに決めたのは、私のアイデンティティーの別の様相です。古代エジプトで私がその一部だったヘルメス・エネルギーの一側面は、「ヘルメスの原理」と呼ばれるものをもたらしました。「ヘルメスの原理」は、物質界とその純粋さの、そして物質界における意識を経験している人々の自由が秘める潜在的可能性(ポテンシャル)を統制する、あらゆる聖なる法則のすべてです。この「ヘルメスの原理」中に授かる法のひとつが「二極性の法則」であり、また、別のひとつが「聖なる対応の法則」でした。
私はこの時期に、このふたつの法を特にお話ししたいと思います。二極性の法則は、何かが存在するためには(意識の存在状態においてさえ)その逆のものが常にそこに存在しなければならない、さもなければ、補足の法則あるいは比較や対応の法則である第三の法が成立しないだろうと語ります。物事が個別性を確保するためには、常に別の何かと関わらなければなりません。物質界において形を持つためには、あるいは意見や自己の経験でさえ、常にそうです。だから、愛の状態を経験するためには、愛が欠如した状態も体験しなければなりません。嫌悪を経験するためには、その経験のために嫌悪が欠如した状態を体験しなければなりません。だから、この二極性の世界においては、皆さんがキリスト意識を持つために、皆さん自身の一部には反(アンチ)キリスト意識と称されてきたものが存在します。もっとも、私たちはこの反(アンチ)キリスト意識を幻のエゴと考えるのを好みますが。同様に、真実の自己に関しても、もし偽りの自己の体験がまったくなければ、真実の自己の概念も持てないでしょう。ここにひとつの恩恵が存在します。二極性の両端において、それは、自分自身や皆さんの秘める最高の可能性を明らかにするのを助けてくれるだけでなく、ただ外界に絶えず翻弄される状態にあることに抗して、皆さんがどこに意識をすえるかを選択する手助けともなるでしょう。人間が存在するためには常に何かを傷つけるものだと気がついたなら、人は他を傷つけない存在としてもいられる可能性があることを悟らなければなりません。十分な体験を積めば、自分にとって正しいと感じられるものや、自分が何に対してエネルギーを与えたくて何には与えたくないのか、自然とわかり始める時点がやって来ます。
この特殊な人間種族は、この闇の侵入と想定されるものから造られました。いいですか。私たちはそれを、逆の極を体験するために、自身とは逆の何かを自らに課すことを選択した闇のエネルギーとして理解します。でも、そこにはそれ以上のものがありました。逆の極をコントロールしたいという願望、所有したいという願望です。自らをただの闇として認識するものにとって、それ自身の外側にある何かは、自分には欠けているように思えるからです。当時の存在たちのすべて、全存在物は流れ続ける愛、目覚め続ける可能性であると認識していた者たちにとって、彼ら自身の間では、肯定的で喜ばしい実存の体験だけが経験されました。でも、その中にさえ、現実が秘める可能性の数々を探求したいという意図とともに、変化に対する躊躇、あるいは恐れの底流が存在しました。何か楽しくないものが存在するかもしれないという、その恐れの底流が磁石となって、この皆さんが反宇宙的な闇と呼ぶものが引きつけられました。闇の側の方でも、自身とは別の体験がもたらす衝撃を経験することを望んでいました。私たちがこの時点で到達したポイントは、光と闇の定義のすべてに、錬金術師が用いる視点をもたらす必要があるとの認識です。バランスを創造するのは二極性の一観点です。混沌(カオス)の要因を創造するのは、ある意味でそれらが互いに抵抗しているか、価値判断によって裁いているか、あるいは互いにコントロールしようとする場合だけです。物事が全存在物においてバランスに欠けているからです。
聖なる対応の法則によれば、すべての行為は反応、すなわちレスポンス(対応)を生むとされています。聖なる対応の法則において、もし私が手を動かして空気を切れば、目に見えない空気の中でそれ自身を再配置している分子があります。また、私はそのシンプルな動きから、これらの分子に痕跡を残すでしょう。私は影響を与えます。私の手は、動く際にかき分ける空気と対応しています。私の意図と行為の間にも対応がありますし、また、皆さんが共通の目的のために皆ここに集まったという意味で、この部屋の中にも聖なる対応があります。その選択を行なったひとり一人が、他に対する結果はどうなるかという影響を与えます。このグループにひとりが欠けても、あるいはひとり増えても、ここにいる誰もにとってその結果は異なるでしょう。誰もが影響を与え、皆さんはいっしょに共同創造するからです。すべてのエネルギーにおいて聖なる対応があります。どんなことでも何かが起こるということは、他のすべてに影響を与えることを意味します。
さて、私がこの時期にお伝えしたいのは、聖なる対応の法則をコントロールする必要性から、物事が皆さんに影響を与えるのを防ごうとすれば、実際には、皆さんはそれを自ら引き寄せているということです。たとえそれが何であろうと、あなたが抵抗するものは、いつまでもしつこく消えずに残るという法則のようなものです。でも、ただ流れに身をまかせて何かに参加することを選択するという状況を生むなら、そうすると、皆さんの現実は、聖なる対応の法則によって、ただ観察した見地から選択しないことにきめた何かから影響を受けるだけになります。それは皆さんに衝撃を与えます。ある種の覚醒の感覚を持ちますが、ただし、それは必ずしも、何かが存在するという皆さん自身の理解を越えて皆さんを変えることはないかもしれません。だから、何かが否定的な意味で皆さんの人生に直接侵入してくるかどうか、すなわち、それが皆さんが意識的に選択した何かであるのかどうかは、皆さんが聖なる対応の法則とどのように連携し、そして二極性を抵抗から創造しているか、あるいはバランスから創造しているかによります。
私はこの教えを、ほぼ正確に、皆さんの幾人かが数千年前、大ピラミッドの中で与えられたのとほとんど同じように差し上げています。この時期に聖なる法則をマスターするスペースを確保可能となる前に、皆さんは、これらの法則を少なくとも一度は学ばなければならなかったからです。当時の地球上の転生で、大勢の存在たちがマスター性の成就に備えていました。この時期の地球上で起きていることは、聖なる法への回帰と、そして自由を削ってコントロールする必要性に基づく法の消去です。ご承知のとおり、皆さんの憲法にさえ自由が謳(うた)われていますし、また、権利章典では、人々はみな生まれながらにして平等であるはずですが、それは、この星で物事が行われてきた様子とは大きく異なります。長い間、この惑星上の意識をコントロールしてきた想念形(がた)が存在します。皆さんの現実をあまりにも大きく変えてしまうような、ある根源から来る衝撃を、皆さんの集合意識が恐れてきたからです。だから、人間の多くがはるかな昔に同意したものは、私たちにとって気が狂ってるとしか思えない状態にまで行きつくことなく予測可能な範囲に収まっているかぎり、そして、私たちにとってコントロール不能な全くの狂気と感じられる状態を回避できるかぎり、これに対処が可能です。ですから、あたかも人間の意識には、何らかの方法で皆さんが自己の感覚をしっかりと保つ必要性があるかのように思えます。もちろん、これは皆さんの自由を減らしますか、それでも、皆さんは全くの自由に対して恐れを抱いています。主権を持つことに対して恐れを抱いています。自分たち自身が主権を持つのに十分なほど「より大きな絵」を理解できるとは、人類の大部分は考えていないからです。物事をコントロールできなくするような誤りを犯すことを、人々はとても恐れていますから、むしろ予測可能な範囲で手を打ちたいのです。たとえ、予測可能なという意味が戦争の存続であるとしても。これはよく知られた事実です。そう、たとえば全世界が平和で、そして、すべての人が自由意志を持ち、誰もがアクセス可能な聖なる真実の状態にあるという可能性を考えてみましょう。以上の叙述だけでも、地上の大多数の人々に精神異常でもきたしかねない恐怖を生むのに十分です。何が現実で何が現実でないかという知覚が、はるかな昔に破損されてしまいましたから。彼ら自身の魂の一部は現実はこうだと言い、別の一部は現実はああだと語るために、これらの存在たちは、これらは両方とも現実の一様相にすぎないと悟る代わりに、自分たちは魂のどちらか半分を選択しなければならないと感じる状態に追い込まれました。私は今、突然変異(ミューテーション)した種族のことを話しています。
だから、これらの存在たちは長い間自問してきました−− 自分は(このケースでは)父のような闇の一部になるのだろうか?それとも、母のような光の一部になるはずなのか?私が父の罪を受け入れれば、苦痛をすべて取り去ってくれると語る父の光を信じようとしていることになるのだろうか?それはとても混乱させる状況ですし、また、私が用いている言葉において、皆さんは今日のキリスト教の教義(ドグマ)を理解し始めることと思います。父たちにも罪はありますが、でも、母たちも罪深く不浄であると考えられています。だから、その子は、自分の中のどこかに無垢で正常なる根源があるに違いないことはわかってはいるのですが、でも、それがどのようなものでどういう風に感じられるかまでは知りません。だから、子供は存続のために手を打ち、合理的に予測可能なものを受け入れます。そこに、政治による支配を世の中に受け入れる必要性があったのです。物事が予測可能な範囲に保たれていると、これらの存在たちが感じられるようにするためです。この政治による支配には、他の必要性も存在しました。人々は真実の全体を知りたくなかったのです。彼らは、自分たちを真実から遠ざけておく政府を望みました。外界からの侵入より彼らを保護してくれる政府をただ望みました。以上ふたつのことだけが、政治の堕落と、そして軍の重要性に形を変えます。
科学者たちが最初にフォトン・ベルトを発見した時、アメリカ政府はフォトンベルトに爆弾を撃ち込み始めました。単にどのような影響があるかを知るためでしたが、それは外界からコントロール不能な何かがやって来ているからでした。これを何とかコントロールする手段を見つけなければなりませんでした。彼らは成功せず、それが不可能であることを悟り、その試みを放棄しました。皆さんの政府が最初に行ったことは、まさに人々が魂レベルで行った手段でした。私たちに理解できずコントロール不能なあらゆる衝撃を防いで、何が起きているのか私たちに知らせないようにしたのです。こうしてETの侵入はすべて隠蔽(いんぺい)され、皆さんはなぜ政府にこれほど多くの腐敗があるのかと嘆くのです。なぜなら、それが人々と政府の間に交わされた契約の状態であるからです。本当に真実の全体を知りたい人々は、わずか一握りです。真実の自由を自ら扱えるとわずかでも考える人々は、ほんの一握りしかいません。
ここにどなたかへの個人的メッセージがあります−− あなたはこれにとても長いこと取り組んできましたし、また、一度も失敗したことはありません。そもそも、既に知られる解決策は存在しないからです。何かを失敗であるとか成功であるとか考えるこの考え方や、このようなことにまつわる価値判断は、自由そのものの運命に対するコントロールです。意識は、魂がこの時期に感じている自由と戦っており、これが皆さんの身体に幾ばくかの不快感を生んでいます。ですから、皆さんの意識を開くことに取り組んで、皆さんの魂に入ってきつつある自由を抱きしめられるようになってください。
では、今ここで、このすべては皆さんにとって何を意味するでしょうか?それは、皆さんにとっての現実にコントロールを維持する手段として、今なお不信にしがみつくことに関わる如何なる問題も、今ここで手放さなければならないということです。皆さんが不信にしがみつき、自分自身の直覚力を信じることに対して恐れを抱かせるようなどんな手段も手放さなければなりません。以上のふたつは、皆さんが過剰な躊躇(ためら)いという過去の行動様式から抜け出すのをさまたげるばかりか、これらを用いることで、皆さんは何かを衝動的にのびのびと行わなくてよいようにしているのです。その理由は、後で悪い影響を生むかもしれないからです。私たちは皆、過去、その誤りを犯してきました。この地球の集合意識に働きかける試みにおいて、私たちは一線を越えてきましたが、でも、私たちはそのことから学びましたし、また、このことから、皆さんの信頼と皆さんの本当の自己がやって来るに違いないのです。
私が今日、皆さんとお話したかったのは、続く数日間のこの過去世ワークに入るにあたって、皆さんが自身に英知を浸透させ、過去世の詳細を手放す意図を本当に持ってほしいということです。過去世の詳細を何度も何度も繰り返し思い出すことは、皆さんの意識を、自分自身にとって予測可能な行動パターンへつなぎとめてきました。それは皆さんには馴染み深く感じられるし、どういうわけだか皆さんの心理にはまだ、たとえ特定の事で繰り返し恐ろしい目にあっても、かつて体験したことと違う何かよりは慰めになるという確信があるのです。聖なる計画をインストール可能なただ一つの道は、かつて起きたことと違う何かに対して積極的になることです。この地球上のほとんどの人々にとっては、そのようなことは恐ろしい考えです。皆さんの中には心に大きな倦怠感を抱える人もいます。と言うのも、倦怠は、とても長いことこれを起こそうとしてきた皆さんの一部だからです。私たちが今皆さんにお伝えしていることは、皆さんが善なる意図を手放さず、でも努力は手放して、皆さんとその人生にふりかかることの創造の仕方について、皆さんが知る以上の何かが存在することを認め、それが起こるのを喜んで許すということです。
さあ、しばらく目を閉じてください。自分自身に尋ねてください、皆さんの内なる世界ではどのように感じられますか?明渡しているのが感じられますか?深く呼吸して、皆さんがこの瞬間に感じられるものと触れ合ってください。そうすれば、比較の基準が持てるでしょう。私からひとつ質問をしますから、この質問に皆さんが内なる世界で感じることに気づいてください。もし、皆さんの聖なる運命が、この時期に皆さんの想像可能なものを越えていたらどうしますか?それを紐解かせるためなら、自分たちの運命をコントロールする必要性を喜んで手放すことができますか?さもなければ、皆さんの意識でそれをコントロールするその必要性は、何が起ころうと皆さんがそれに対処できるという確信を追い払ってしまわないでしょうか?しっかりコントロールして意識を保ち、これから何が起こるのか既に前もって知っていなければならないという皆さんの信念は、真実の聖なる計画への皆さんの明渡しを殺してしまいませんか?抵抗や恐れ、あるいは不信や怒りがあっても、どうか自分を裁かないでください。私たちはただ、選択の可能性が存在すると、皆さんの意識の中で気がついていてほしいのです。自分には選択の余地があると気がついたら、自分自身と契約を結び、聖なる計画への最高の到達を妨げるどんな障害も取り除いてください。その契約を結ぶにあたって、これらの障害を取り除く際には優雅に、容易に、そしてスピリットの尊厳においてこれを行うと誓ってください。一度にこれと格闘し、内なる世界でカオスに陥る必要はないことを忘れないでください。ゴールを心に保ちながらも、一度に1ステップづつでよいのです。全く未知のことが起こるどんな瞬間にも、明渡すということを忘れないでください。そうすれば、美しく恵み深い何かがもたらされます。この時期の地球上では、物事はどのように展開されるべきだというどんな硬直した考えも、結果の保証を求めるどんな必要性も、危険を冒すことに対する如何なる恐れも、皆さんにコントロール不可能な経験を回避することも、これらにしがみつくことは自分自身の成長を止めることです。聖なる計画に従う光のハイラーキーにとって、この時期に必要なことは、地上で十分な数の人間たちが聖なる意識を投錨(アンカー)し、どんな瞬間も、より大いなる目的の道を妨げるものすべてを進んで手放してくれることです。そのスペースを保つために、皆さんはこの時期に必要とされています。まだ目覚めていない人たちにとって、それが可能となるためにも。それ以上に、それは皆さんにとって故郷への帰還の道の一部です。全くの自由と、あらゆる次元レベルでの主権と、そして完全で絶対的な信頼のスペースへと還(かえ)る、帰還の道の一部です。
私たちが完全で絶対的な信頼について語るとき、それは愚直盲信とは関係ありませんし、また、あらゆるものに対する完全で絶対的な信頼とも関係しません。それは、皆さん自身に対する完全で絶対的な信頼です。皆さんには、自身の経験そのものの産物になるのではなく、そこから英知を抽出してまとめあげる能力があるのです。それは、皆さんの存在性のまさに純潔無垢に対する全くの絶対的な信頼であり、それを善なる意図において知る必要があります。何かが最高とは言い難い状態で生じたと誤解したとしても、それは許されることであり、また、誤りを犯したからと言って、自らの善なる意図さえ再び信頼できないことを意味しません。誤りを犯すことなくして進化はありえません。だから、私たちに6月21日のこの時期が接近するとともに、地上に光を降ろし、根源とのつながりを固定化している人々に加速が見られます。皆さん自身の信頼の問題に、なるべく多くの癒しが完成されるようにするためです。だから、たとえこの癒しが100%が完了しなくても、皆さんの意図は100%クリアーですし、それはクリアーすべき問題ではあるけれども現実ではないと認め、自分たち自身を信頼できる時点にまで皆さんはたどり着いたのです。このステップだけを踏み出すために、地球上にそれが単独で可能な十四万四千人の人々がいれば、全人類の意識にその可能性の種を蒔くには十分でしょう。そのひとり一人がそれを学ぶ必要性に接近します。彼らがそれを選択するかどうか、それは彼らしだいです。選択する人もいるし、選択しない人もいるでしょう。でも、ただ自分が物事に可能なかぎり最高の機会を与えていると知って、どれほど多くの人々が反応を示すかということに、その選択の成功や正しさの基準をすえることはできません。全人類の意識に可能性の種を蒔く際に、皆さんは自身を幻想から開放します。皆さんが背負ってきたさまざまな幻想は、まさに皆さんの身体そのものの突然変異した遺伝子に潜みます。数々の生涯のカルマの体験を通して、選択の可能性を忘れては思い出し、目覚めては眠りこけ、そしてまた目覚めるというプロセスを通じて蓄積されてきたのが、これらの幻想です。それはとても長いサイクルでしたが、もうそれは終焉の時を迎えています。地球では大勢の人々が、最後まで到達するより、プロセスの途中にとどまる方が安全だと考えています。到達してしまっては、まずいことになるかもしれないと思っているのです。ひょっとして、皆さんは自分が目覚めていると思っているかもしれませんが、実際にはそうではありません。この部屋にいる誰もに、かつて目覚めが生じました。皆さんはすべて、完全にその状態にあると思える体験をしたのですが、突然に足元をすくわれる何かが起きて、自分自身を知っているという自らに対する信頼を失いました。これは贖罪(しょくざい)の法に関する何かです。いいですか、贖罪が可能なのは限界の中だけです。だから、自分が完全に覚醒しているかどうか、分析するのをやめてください。自分が完全に覚醒状態にあると思ったら、皆さんは用なしの状態のままでほっておかれるかもしれません。皆さんの完全さをただ受け入れてください。最終的な結果がどうなろうと、いつも、まさに今この瞬間にいてください。そうすれば、最終的なゴールの必要性を解放することができます。皆さんの生まれながらの完全さを、自由にのびのびと謳歌してください。最終的な完成というアイデアから解放されてください。たとえ皆さんがひとつなるものとの意識へ帰還し、その中に溶けさったとしても、ある時点で、ひとつなるものは、その個体化を再び経験したいと感じるかもしれません。そして皆さんは再び出発します。このプロセスそのものに終わりはないのかもしれません。
皆さんが再び聖なる創造の流れに乗るためには、その流れは終わりのない無限のものかもしれないと悟らなければなりません。また、何か結果を得なければならないという考えに終止符を打つためには、自身に満ち足りた内なる安らぎのスペースへと戻り、その考えが際限なく続いてもかまわないようフォールバック機能【万一の時の頼みの綱となる代替システム】を身につけていなければなりません。6月21日の日食とその前後数時間、この惑星上に衝撃(インパルス)が走ります。フォトンベルトとグレート・セントラル・サンによる衝撃、そして内なる地球の大勢の存在たちからさえも与えられる衝撃ですが、その衝撃は、人類に自らの純潔無垢を思い出させることになるでしょう。その目的は、その純潔無垢性にあることを自らに許してよいと自信を持てるなら、自分たちはいつでもそうしてよいのだと人類の記憶を回復させるため、そして、自由と自由意志は皆さんの究極の権利であり、恐れることは何もないのだと人類にショックを与えるためです。その後の数年にわたり、政治構造を巡ってひとつのお芝居が見られるでしょう。ここに集まった皆さん、あるいは、このテープを聞いている皆さんすべてにお願いします。皆さんが真実の全体を知って自由であることを妨げ、皆さんを主権から遠ざけようとする政府に同調しないでください。
ですから、それをこの時期にグループとして行いましょう。とても長い絵巻物を視覚化してください。そこに描かれているのは、皆さん自身と人類を構成するメンバーたち、そして政府との間に交わされた契約です。これには、高次の存在たちさえ関わっています。この契約は、皆さんはある堕落した政府を持たなければならないと語っています。この政府は、皆さんには闇の陣営として知覚されるものにつながる存在たちにより営まれます。彼らを招待した上で、真実と自由、そして主権を知り、その状態にあることの責任から、皆さんを抑制させなければならないと告げています。この契約において、皆さんは、その政府によって作成された法に縛られる人類を支援することになるでしょう。彼らはその法と交換に、皆さんの人生を多少とも管理下に置き、そして予測可能なものと感じられるようにしてきました。皆さん、あなたのこの契約の一部を取り消してください。深く呼吸して身体の中へ入り、あなたの感情、あなたの心、あなたの魂から、そしてすべての細胞からそれが開放されることになっていると、あなたの身体に知らせてください。真実の剣(つるぎ)でこの契約を一刀両断に、あるいは、ただ引き剥がして、あらゆるアストラル界のしがらみからあなたを解き放ってください。虹色の炎の中でそれを燃やし尽くしてください。さあ、今、皆さんの真実の剣を手にしてください。もしこのテープを聞く誰かに、大天使ミカエルが訪れてあなたの手を取るよう頼める人がいなければ、あるいは、今この場にいてさえ、大天使ミカエルかそのヘルパーのひとりとワークしたい人があれば、今ひとつのグループとして、いっしょに彼らの真実の剣を使ってください。もしくは、あなた自身の真実の剣でもかまいません。さあ、想像してください。今、あなた自身が身体から抜け出して上昇します。私たちはこれから、皆さんを地球上空の特別な場所へ連れて行きます。そこにはまだ、闇のネットが惑星じゅうを取り囲んでいます。皆さんの自由と真実、主権と責任へのアクセスを阻み続ける政府の腐敗と関係するのが、この闇のネットです。皆さんがガイドされてきたこの場所で、闇のネットは少し薄れかけていますが、私たちが皆さんに要請したいのは、ただこれを真実の剣で一刀両断にすることです。皆さんが行うことは、地球上のすべての人々のためです。それを知りさえすれば、彼らはこの闇の契約から開放されたいでしょう。ただ、全人類家族を代表する使者となってください。人々は、この契約とこれらの信念体系の支配から開放される準備ができています。彼らは今、喜んでそれを開放するでしょう。だから、ただそれを一刀両断にしてください・・・
未来へひとつのイメージを送ってください。地球大気のまわりを囲む皆さん自身を想像してください。すべての人が光で輝いています。想像してください。この合意契約の名残が、美しく、大きく、白い炎となって燃えさかっています。その炎は、2004年3月の春分の時から燃え始め、時を遡って燃え続けます。その結果として、諸々の古い信念が開放される準備ができるようになります。この火は今からその時まで移ってゆきます。ひとり一人が開放に準備が整うとともに、人類の住民をコントロールするこの契約のしがらみを、ただ燃やしています。2004年3月の春分の日、あらゆる存在たちと大いなる祝賀にある皆さん自身を想像してください。ついに私たちは自身の信頼の問題を癒す局面に到達しました。私たちは神なる意識を信頼する準備ができています。聖なる法によってこの惑星を運営する準備ができています。主権ある光なる存在となる術(すべ)を学ぶ準備ができています。それをまだ学んでいない人たちも、自分たちは今既にそうであると祝うことを学んだ人たちも・・・
その祝賀の時から現在の時間へもどってきてください。深く呼吸して、あなたの真実の剣をその手に取り戻しながら、あなたの身体へ帰ってください。やあ、お帰りなさい。
聖ジャーメインが今チャネリング・スペースから後退しています。彼は私たちを、輝く大きな微笑(ほほえみ)で照らしています。彼はまた、光のハイアラーキーを代表してこうも言っています・・・ハイアラーキーはいかなる意味でも、皆さんの選択の機会を制限するつもりはないことを知ってほしいと。それはただ、彼らが今、彼らの仕事は人類と根源とのつながりを固定させることにあると認識していることを意味します。選択する人々のためにそれを利用可能にしながらも、選択しない人にはこれを押し付けることはけしてありません。彼は言います・・・彼らは既にそのレッスンのすべてを学んでおり、干渉の一線を再び越えることはないだろうと。私たちがそのことを信頼し、まさにその点に関して私たち自身を信頼することができることを、彼は望んでいると。
アモラクァン・インのチャネリングメッセージ
光のクリスタルシテイ
地球の13のチャクラと十三次元に対応する人体の13のチャクラ
カルマの最終解放 2001年6月8日 聖ジャーメインのチャネリング
カルマの最終解放 マグダラのマリアのチャネリング |